退院したので、リハビリ代わりに映像演出についての考察記事を。
以前、
石井俊匡さんが演出したバビロニアの記事で、
マシュの視線を使って主人公の存在感をだすやりかたは、0話のコンテ演出を担当した高雄統子さんもされていました。
高雄さんの視線を使った演出は、いつかほかの作品と合わせてまとめてみたいので、詳しくはそのときに。
と書きました。
今回はその高雄さんの視線の演出についてです。
『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア- 0話』(監督=赤井俊文/絵コンテ=高雄統子/演出=原田孝宏&高雄統子)


アニメ、バビロニアの0話(実質1話)からの引用ですが、上の一連の画像を見てちょっとドキッとしませんでしたか?
盾を構えるマシュの手に、主人公の藤丸立香が手を重ねて支えるシーンなのですが、三枚目でマシュが藤丸の顔を見上げたときの視線にご注目下さい。
これ、藤丸を見ているようでマシュは
カメラ目線なんですよね。
視聴者のほうを見てるんです。

このマシュの視線によって、
視聴者は藤丸と自分を同一化できて、「マシュに頼られている」という感覚を受けることができます。
主人公と視聴者を同一化させる演出というと、セオリーとしては藤丸とマシュが向き合っていて、カメラは藤丸の背後にまわって肩越しにマシュを正面から撮る方法(いわゆる
肩ナメショット)が考えられるのですけど、上記のようなアングルでカメラ目線をやる演出はかなり珍しい。
たぶんこれ、二人が向き合う肩ナメショットとはかなり効果が違っていて、藤丸がマシュに視線をやらないで画面外の敵をにらむ構図にすることで、二人の力関係がよりはっきりと出るようになる。
カメラを高くとって、マシュが見上げるようになっているのもポイントですね。
たとえはあまりよくないかもしれませんが、犬と散歩していると、ときおり犬がご機嫌をうかがうように飼い主の顔を見上げるじゃないですか。
そのとき、飼い主は犬に視線を返さないで、自分の行きたい方向にだけ視線を向けているほうが、犬にも周囲にも力関係をはっきりと示すことができる。
0話の絵コンテは高雄統子さんで、演出処理は原田孝宏さんと高雄さんの連名ですが、後半パートのこのシーンはたぶん高雄さんがやっていると思う。
ちなみに上記のカットのすぐあと、旗が揺らめくカットに続いて過去の回想シーンのカットが連続して入るのですが、そのときに映っているキャラたちは
みんなカメラから視線を外しています。↓



これはもちろん、回想的なシーンで主人公がそこにいないからで、視聴者の意識を突き放して客観的に見せるためでしょう。
ここでキャラたちをカメラ目線にしちゃうと映像の意味が変わってしまうわけですね。
同じ0話の前半でも、マシュの視線にまつわる興味深いカットがいろいろあります。↓

上記カットでは、ちゃんとマシュ(10歳時)は話し相手のロマニを見ています。
まだ二人が出逢ったばかりなので、前後のカットを見ても、ロマニと視聴者を同一化させるような演出意図はない。
そのあとだんだん二人が打ち解けて、いっしょに映画を見るようになったりすると、またあのカットが出てきます。↓



↑三枚目のカットは、ロマニだけじゃなくカメラのほうも見ている感じがします。
マシュが俺にほほえみかけてる。かわいい。いま気づいたんですけど、マシュは右目が髪でかなり隠れているんで、マシュが画面右側にいないとカメラ目線がうまく機能しないですね。
たぶん左側にマシュがいると、さりげなくカメラ目線にすることができない。
この0話はほかにも、マシュのキャラクター性を視線の動きだけで表現した秀逸なシーンがあります。↓









↑本篇では平行モンタージュでほかの場面のカットも差し込まされるのですが、マシュの視線のカットだけを抜きました。
最初にマシュがぼ~っとなにもない虚空を見上げるところは、マシュの無垢さを表しているはずです。
けっこう長くぼ~っとしたあと、マシュが視線をずらして、マシュを見下ろす研究員たちのほうを見つめ、(わざわざカメラがちょっとマシュに寄って)にこっとほほえむ、という見せ方をすることで、マシュが自分の置かれたつらい境遇を受け入れていることを表す。
これによってマシュの健気さが演出され、見る者の胸を打ちます。
きっと脚本段階では、これほど長くマシュが見上げるシーンにはなってないと思うんですよね。
ぼ~っと虚空を見つめるカットをたっぷり取るのはけっこう演出的に勇気がいると思いますが、いきなりマシュが頭上の研究員たちを見上げてほほえんでも、この効果はでないと思う。
このように高雄さんは視線を使った演出がとてもうまい。
自分が高雄演出の視線の使い方に興味を持ったのは、2007年の「
CLANNAD」(石原立也監督)からでした。
番外編の24話(もうひとつの世界 智代編)の絵コンテ・演出を高雄さんが手がけているのですが、その出だしでドキッとするカットが出てきたのです。↓


二枚目のカットはPOV(主人公視点)で、主人公と視聴者を同一化させようという意図がわかりやすいと思います。
一枚目の横構図の客観的なバストショットから、いきなり正面顔のアップに切り替わるのでけっこうびっくりします。
また、ヒロイン智代の顔が逆光になって暗くなっているのも、ずいっと迫ってくるような迫力があるというか、ちょっとエッチな感じがする。
この光と影を使った演出も高雄さんの特徴で、アイマスやデレマスでも(それこそ演出家デビュー作のKanonでも)効果的に使われていたので、いつかまとめたいところ。
これを見て「高雄さんの正面顔はなんだか迫力あるなぁ」と思って注目するようになりました。
もっとも、それ以前からCLANNADにはすばらしい高雄演出があったのでした。↓
CLANNAD18話(絵コンテ・演出=高雄統子)







いまだにアニメファンのあいだで語り継がれる、高雄統子のベストワークとの評判も高い伝説の18話。
アニメCLANNADはこの回で名作となるのが決定づけられたと言っていいでしょう。
静止画じゃ伝わらないこの表情芝居のすさまじさ。
円盤のスタッフコメンタリーでは、高雄さんが「作画の人と何度も表情の修正をした」という趣旨のことを仰っていました。
いったん藤林杏(髪の長い子)の顔のアップにしてから、わざわざカットの切り替えでカメラをちょっと引いて、藤林椋(おかっぱの子)の後頭部を入れ込んで、肩ナメにしているのがおもしろい。
カメラがアップに寄ることはほかの演出家もよくやっていますが、こういうふうにアップからちょっと引くのはわりと珍しいのでは。
アニメにおいて正面での泣き顔をがっつり見せる、ということがそもそも大変なのですが。
ちなみに肩ナメになってからは、二人とも決してカメラ目線にはならず、相手に視線を送っています。
これでカメラのほう見て泣いてたら視聴者がとまどいますよね。
高雄さんの正面顔というと、2018年の『
ダーリン・イン・ザ・フランキス』(錦織敦史監督)でも。↓
ダーリン・イン・ザ・フランキス 5話(絵コンテ・演出=高雄統子)




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これもヒロインのゼロツー(ピンク髪の子)が登場するとき、いきなりといった感じで正面から登場します。
静止画だと伝わりづらいですが、カッティングの良さもあって正面顔による押しの強さがよく出ている。
ここも逆光になってゼロツーの顔が暗くなっているので、よけい迫力を感じますね。
このカットの前の、おかっぱ頭のイチゴと主人公のヒロが並んで一緒に歩いている一連のカットも見逃せません。
正面から堂々とやってきてヒロを引っぱっていくゼロツーと、横に並ぶばかりで正面からヒロと素直に向き合えないイチゴという感じで、三角関係が演出されています。
また、イチゴの前髪は右側の部分だけ長い、ちょっとマシュとも近いアシンメトリーな髪型なのですが、その長い前髪が「壁」のような役目を果たして、二枚目画像のようにイチゴのちょっとした表情の変化をとなりのヒロに悟られないようになっています。
高雄さんの演出回以外でも、このイチゴの前髪で表情を隠すという演出は頻出しているので、錦織監督の指示もあるのだと思います。
ちょっと長くなってしまったので、今回はここまで。
高雄さんといったら監督作のデレマスや、シリーズディレクターを務めたアイマスや、京アニ時代の演出回でもすばらしい視線演出や表情芝居がいっぱいあると思うのですが、まだ退院したてで本調子じゃないし
散らかった自室や物置として使っている家から円盤を見つけてくるのが面倒なので、とりあえず今回はこれでご勘弁。
高雄さんについては押井守監督からの影響という点からもきっと語れるはずなので(レイアウトでの魅せ方とか)、もうちょっと勉強してみたいところです。
押井守さんといえば、何十年ぶりかのテレビシリーズの総監督を務める「
ぶらどらぶ」がいまからめっちゃ楽しみです。
押井作品にしては素直に女の子がみんなかわいいし(少なくともビジュアルは)、どたばたコメディとのことなのでこれはすごいものができそう。
「
うる星やつら」や「
御先祖様万々歳!! 」のような、ときにちょっとシュールでペダンティックでペシミスティックな感じもあるコメディって、じつはいまの時代にこそ合っていると思うんですよね。
絵コンテも、総監督の押井さんと、監督の西村純二さんの二人で全話切ってるみたいだし。
コロナの影響もあって今年の放送ではなく来年にずれ込んだみたいですが、時間がかかってもいいので傑作にしてもらいたいですね。
ところで公式サイト見る限りでは、押井作品恒例の
犬(バセットハウンド)の姿が見えないんだけど、一体どういうことなの?
大丈夫?まさかガブちゃん(押井監督が飼ってた愛犬)が登場しないなんてことはないと思うんだけど……
じつはラスボスがガブだったりとかで隠してたりするんでしょうか。
それと、ずっと注目している石井俊匡さんの初のテレビシリーズ監督作品である「
86」が、「2020年TVアニメ化決定」とサイトで宣伝された状態のまま続報がないのですが、やっぱ今年は無理なんでしょうかね。
作品的に作画が大変そうだし、こちらも時間をかけてよい出来にしてもらいたいです。
四月にあるはずだったボクシングの井上尚弥選手の試合も中止になっちゃうし、ほんとにコロナが憎いですね。
でも井上選手の試合が日本時間11月1日にやっとおこなわれるようなので、ふだんテレビを観ない僕もこれだけはぜったいにリアルタイムで画面にかじりつきます。