2020年以後のために――中野剛志さんについて

ダイヤモンドオンラインで、おもしろい記事が連載されています。

中野剛志さんに「MMTっておかしくないですか?」と聞いてみた

2019年の初頭ぐらいから日本でも話題になっているMMTを端緒に、経済のみならず安全保障や地政学などにまで広く政治について中野剛志さんが語っています。
対話形式なのでとてもわかりやすいです。

中野剛志さんといえば、経産省の現役官僚であり、西部邁門下の評論家でもあります。
現代日本で最高の知識人の一人だと僕は考えています。

僕が中野さんのことを知ったのはたしか2009年の末から2010年の頭にかけてで、インターネット番組に出ているのを観たのがきっかけ。
肩書きに「経済産業省」とあったので、現役官僚がこんな政治的なことを堂々と語っていいの? というとまどいと、世の中にこんな頭のいい人間がいたのか! というショックがあった。
よく歴史小説とかで「将来を嘱望される人材」とかいう表現が出てきますが、当時の中野さんはまだ四十前でまさにその表現がぴったり来るような若々しい切れ味があった。

中野さん自身は明治維新をあまり評価してないだろうけど、どこか幕末の維新志士のような雰囲気があります。
時代を変えようと敢然と行動を起こして、周囲に多大な影響を与えるけれど、維新が達成される前に暗殺されちゃうというような危うい感じ。

たとえば2011年のものですけど、このTPP反対演説を聞いて下さいよ。
もう完全に志士ですよ志士。惚れ惚れする。
すごい人がいると昂奮しました。

2010年6月に京大の藤井聡教授の研究室に出向して、肩書きから省が消えて発言のなかにやたらとダジャレが増えていきました。
「出向」と言っても、形式上は経産省を退職してるんですね。官僚の世界ではわりとあることのようで、三十代ぐらいで民間企業へ移って勉強して、そのあとまた本省へ帰るのだとか。

2011年に「TPP亡国論」を上梓され、テレビに出演して過激な言葉でTPP反対の論陣を張ったこともあり、数十万部売れるベストセラーに。
自分はこの時期東京に住んでいたので、中野剛志さんと三橋貴明さんの講演会に行ったりしてました。
そのときの動画がいまもYouTubeにありますね。

中野剛志☓三橋貴明『売国奴に告ぐ!』出版記念講演会(2012年3月5日)

二人とも想像より背が高かったのをおぼえてる。そういえばケインズとかガルブレイスとか、経済学者にはなぜか背の高い人が目立ちますね。
たしか登壇されなかったけど柴山桂太さんも会場にいらしていたような……それはべつのときだったかな?
同じようなメンバーでべつの講演会もあったのだけれど、人気がありすぎて当日券が売り切れて入れなかったりしたこともあります。

てっきり中野さんはそのままずっと京大にいて教授にまで行くのかと思っていたけれど、経産省にもどられてまた官僚をつづけてらっしゃいます。
当人はいろんなところで「干された官僚」で「ホサ官(課長補佐官)」とか言ってたけど、2017年に課長に昇進されたようです。
評論家としてではなく、一官僚としてインタビューにも答えられています。

なぜ経産省が“口を出す”のか?「2025年の崖」レポート作成者に聞く

なんというか、だれよりも「革新」とか「イノベーション」という言葉を嫌っていそうな人がこういう仕事に就いているあたり、お役人は大変だなぁと。
優秀な人だからいいんだろうけど、なんか韓信に倉庫番をさせるみたいなミスマッチ感が。


中野さんの本をまだ読んだことがない方には、「目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】」をまずおすすめします。

中野さんの経済にまつわる知見がわかりやすく書かれています。
最初に紹介したダイヤモンドオンラインの記事と内容が被るところも多いけど。

ほかにも、「国力とは何か―経済ナショナリズムの理論と政策」・「レジーム・チェンジ 恐慌を突破する逆転の発想」・「保守とは何だろうか」あたりの新書は読みやすいのでおすすめします。
ここら辺をおさえておけば、とりあえず中野さんが専門としている経済ナショナリズムの雰囲気はつかめるかと。

少し変わり種でいえば、江戸時代の伊藤仁斎・荻生徂徠・会沢正志斎から福沢諭吉までをナショナリズムという縦軸で論じる「日本思想史新論―プラグマティズムからナショナリズムへ」もおすすめ。
この本は山本七平賞の奨励賞を受賞されました。せっかくなのでぜひ山本七平の「現人神の創作者たち」もご一緒に。

もっとわかりやすいものがよければ、「売国奴に告ぐ!」や「グローバル恐慌の真相」などの共著を。
プラトンの「国家」などもそうですが、難しい内容でも対話形式だとわかりやすくなります。

若い時期の評論を読むなら「反官反民」を。
イラク戦争に反対するために評論活動を始めたとご自身で述べられている通り、保守派のなかでは例外的に開戦当初からイラク戦争に反対していたことが初期の評論から見て取れます。

それらの本に触れて、もっと中野さんの思想を知りたいと思ったなら、「富国と強兵」にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
中野さんの前半生の研究の集大成だと思う。
……のですが、すみません、偉そうに言っておいて僕自身まだ富国と強兵は理解しきれてません。
とにかく言及されている学問領域が広くて、一章ごとにおさえておかないといけない本がいっぱい出てくるので、とうてい一度読んだだけでわかる本じゃないです。
よい本がみなそうであるように、時間をおいて読み返すたびに新しい発見があり、読み手の継続した努力が求められます。
この本を気安く他人におすすめする人は逆に信用できないです。



2011年3月に日本は大変な危機に見舞われました。
その9年後のいま、今度は新型コロナという世界規模の危機に直面しています。
9年前、自分はなにもできず、ただ黙ることしかできませんでした。
なにかを語ろうにも、経験も知識も圧倒的に足りないことを自覚していたため、急いでなにかをしようとするよりまず目の前の悲劇をじっと見据えることが必要だと思ったのです。
なにも行動できないのは情けなく、悔しいですが、耐え忍んで学ばなければいけない時期でした。

あれから9年、自分も三十半ばまできました。
去年、病を得て入院する時期と前後して、ずっと尊敬していた京アニのクリエーターたちが放火事件で亡くなられ、自分もあまり残された時間は長くないと思うようになりました。

今回の新型コロナ惨禍は、まちがいなく百年後の教科書にも載るであろう事象です。
2020年を境に、それ以前とそれ以後で世界の流れが変わったと評されることでしょう。
具体的にはグローバル化をむやみに推進する時代は終わり、アメリカのトランプや中国の習近平が進めているような、国の枠組の強化が世界的に進められるはずです。
日本のみならず西洋でも「ナショナリズム」という言葉は悪い意味にとらえられているようですが、これからは否応なしにナショナリズムを意識する時代がやってくる。
制度的にも、EUのシェンゲン協定やユーロの通貨統合も見直しの動きが出てくるでしょう。
今回のコロナ以前から、シリアなどからの移民や難民が流入してきて起きる問題や、ギリシャ危機などのEU内での経済不均衡などもありました。

これまで自分はよくふざけて、俺のライトノベルはLight novelではなくRight Novel(右翼小説)だ! とか言ってましたが、これからはきっとそんな悪ぶった冗談も言えなくなるような深刻な社会状況になると思います。
そんな時代に力を発揮するのは、言葉の領域――思想や文学といった文化だろうと思います。

小説などの芸術が気安く政治に関わるのは危険ですが、しかし芸術は社会と常に結びつく以上、政治をまったく無視することはできません。
しかし、Twitterなどで創作者やアーティストと呼ばれる人たちがたびたび政治的発言で炎上しているのを見るに、政治と近接した言動をTwitter上でも創作上でもおこなうことは大変なリスクがともなうでしょう。

僕が考えるに、そこには文体が必要だ。
文体というのは、ですます調や候文のような形式や語彙の選択のみならず、文への態度、文態でもあると思う。
まず言葉とどんなふうに付き合うかという態度が自分のなかで定まっていないと、そこからふさわしい文体もつかめず、文体がなければ問題への切り込み方も鈍く平板になり、人に思いを伝えられない。

自分はこれまでTwitterをやろうと二回試みたのですが、二回ともすぐに更新をやめてアカウントを削除してしまいました。
それは、端的にいってTwitterという媒体では自分の言いたいことが言えないと思ったからです。
一度のつぶやきが140文字までという制限があり、リツイートなどの機能ですぐにつぶやきが不特定多数に拡散されるという仕組みなため、おのずから文に対する態度、文態がある方向に限定されてしまう。
前述したようにTwitterの炎上なんかを目の当たりにすると、よけいに萎縮してしまうんですね。

速く・広く意見を拡散させるのには炎上やバズるのがよいのでしょうが、それ狙いで文章を書こうとすると大切なことが伝えられなくなってしまう。
いまのところ、ゆっくりでも狭くてもいいから、自分の考えをしっかり人に伝えるにはこういうブログや小説の中がいいと思っています。

中野剛志さん以外にも、2020年以後のために重要だと自分が考えている人を紹介していきたいと思います。