アキハバラ∧デンパトウ・第12回解説

アキハバラ∧デンパトウ (GA文庫)
藍上 陸
れい亜 (イラスト)
SBクリエイティブ


第11回の解説はこちら。

今回が連載更新の最終回となります。
物語のクライマックスなため、内容にはあまりふれないように、表現上のポイントだけを見てみましょう。


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「では、去ねです。」
 スタンガンを首筋に押し当てられ、二人の意識にザアッと白黒の砂嵐が吹く。
 電波の絶えたアナログテレビのような、灰色の混濁。

  ボクらはみんなキている
 灰色の乱層雲が、波打ちながら空をどうどうと流れていく。
 電波塔の屋上――
 嵐が、くる。
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ここでは、空白行を置いて、「類似連鎖法」を使っています。
「電波の絶えたアナログテレビのような、灰色の混濁。」という文で示したイメージを、場面転換のあとに「灰色の乱層雲が、波打ちながら空をどうどうと流れていく。」という文のイメージと重ね合わせています。

映像でいえば、スタンガンを押し当てられた二人の男の意識がテレビの砂嵐のイメージでフェードアウトしていき、そのあと流れゆく灰色の雲のカットがフェードインしてくる、という感じでしょうか。
場面を似たイメージでつなぐことで、ダイナミックな感じを演出しようとしています。


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 ――調子づいた嵐が、世界を渾沌へとかき乱していく。
 現実と空想の境目を、ますますあいまいにする。
 強風によってペンネの傘がパッとひらき、レモンイエローのじゃじゃ馬娘になった。
 風を味方につけた傘は、彼(ペンネ)の手を引っぱって必死に気を引こうとしたが、相手にしてもらえないことを悟ると、乱暴にその手をふり払った。そして泣き叫ぶような風音を連れて屋上を転がっていき、フェンスにすがりついて悔しげに頭を打ちつけた。
「キミが、そうだったんだね。」
 そんな傘のことなど一顧だにせず、ペンネがまっすぐにこちらを見つめてくる。
「な、なにが……?」
 チロはわけがわからず、黒い雨合羽の前を合わせた。
 ――未練がましく頭をフェンスに打ちつけていた傘であったが、風向きが変わったことに気づき、くいっと顎をあげた。――雨はもう小降りになっていた。
 やがて風もやみ、雲間から光がさすだろう。
 傘も、過去をふりはらって未来への一歩を踏みだした。
 新しい風をつかまえて、バレエのように華やかに舞いあがる。
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物語のクライマックス、ペンネによってチロの正体(?)があかされる場面です。
ここでは基本、ペンネとチロが向かい合ってしゃべっているだけなので、そのまま書くだけでは単調になってしまいます。
そこで、ペンネが持っていたレモンイエローの傘が、強風によって吹き飛ばされ、それが屋上を走っていって人間の踊り子のようになる様を描き、物語に動きをつけています。
また、ペンネの台詞をいわせるのをなるべく遅らせて、読者をじらす目的もあります。

小説のよいところの一つは、「引き延ばせる」という点にもある気がします。
映像やマンガなどだと、視覚的に一瞬で理解できるだけに、シーンを引き延ばすのが意外と難しいのだと思います。
いかに無理なく「ため」を作るか、というのは演出家の腕の見せどころでもあります。
一方、小説の場合は一目見て理解することはできませんが、そのぶん「引き延ばし」をおこなうことが比較的容易です。
むろん、意味の薄い文章をだらだら書いていくだけではかえって緊張感が薄れて逆効果になってしまいますが、うまくそれをおこなうことで、映像にも負けないインパクトのあるシーンを表現することができると思います。

上記のシーン、当初は風で飛ばされる傘を、「散歩している犬」に見立てて書いたのですが、犬だとさすがに牧歌的な感じがですぎてこのシーンに合わないと思い、踊り子に変えたのでした。
擬人法で踊り子になった傘が、失恋し、新しい未来へ踏みだして宙を舞う、というイメージは、この物語がさらにつぎのステップへと移ったことを暗示しています。
詩的なイメージを散文にとりこんだ新感覚派的な手法です。


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 チロは三頭身に縮んで茫然とするしかなかった。
(お……俺は……)
(いったい、これからどうすれば……?)
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前にもでてきたかもしれませんが、「三頭身に縮んで~」といういいまわしは、いわゆるマンガでいうところにSDキャラになったイメージです。


……あれ? ネタバレをしないように書くと、どうしても解説することが少なくなってしまいました。
ひとまず、「アキハバラ∧デンパトウ」の一巻分の連載はこれで終了となります。

文庫本は2016年10月14日にGA文庫より発売されますので、ご興味のある方はお近くの書店やネット書店でお求めください。
なお、発売情報などの詳細は、GA文庫公式サイトをチェックしてみてください。

それでは、第1回からの長いおつきあい、どうもありがとうございました。