藍上 陸
れい亜 (イラスト)
SBクリエイティブ
第10回の解説はこちら。――――――――――――――――――――――――――――――
「では……家出、かね?」
互いに顔を見合わせた。
向き合った六人によって、沈黙の輪が作られた。
中央にぽっかりあいた空間が、ここにいない彼女の立ち位置を示していた。
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今回は前回のラストを受けて、ペンネが家をでてしまうという展開です。
ラストの大きな展開に向けて、一つ事件を起こしておこうと思いました。三段跳びでいう、二つ目のジャンプみたいなものです。
上記引用文では、映像的に「本来中心にいるべきペンネがいない」という状況をあらわそうとしています。
輪の内側にカメラが入って、とまどう面々の顔をぐるぐるとPANしながら映していくようなイメージです。
前回でシリアスな展開が発生しましたが、あまりシリアス度があがりすぎないよう気をつけました。
本作はあくまでもコメディなので、そこを踏み外さないよう、「肩すかし」を入れるようにしています。
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「――チロ、ずっとウチらを監視しとったんか。」
となりから、刺すようなせやねんの声がきた。
「う……」
歯を食いしばった。
しかし――
「まぁええわ。」
さらりと流された。
「それでペンちょんのことやけど――」
「えっ!?」
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チロの「罪の告白」の場面です。通常であれば修羅場になってもおかしくないですが、さらりと流すようにしています。
この作品では、同じ部屋にいるキャラたちが好き勝手にべつべつのことをやっていたり、食事もばらばらにとるといったように、あまり関係性がべたつかないようにしています。
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はい、と答えて部屋をでた。
∽∵\―∧
「行ってきます、理科標本さん。」
視界の隅で手をふってくれる彼に答え、通路を歩いていく。
するとやおら、ZOOの住んでいる一〇八号室のドアがひらかれた。
例の動物たちが、ぞろぞろと部屋からあふれてきた。
カピバラの《ポルポト》が、眠そうな目でチロを見つめる。
『よう、居場所があるっていいもんだろ。』
「――――」
チロは目をみはった。
そのポルポトの背中に乗ったアンゴラウサギの《毛沢東》が、毛に隠れた口を動かす。
『牛は牛連れ、馬は馬連れ――コレ、中国人の知恵。』
床を這うニシキヘビの《クレオパトラ》も、長い睫毛のありそうな目つきで、
『仲直りをするのに、遅すぎるっていうことはないんだから●白抜きのハート●』
「――――」
チロは目をみはったまま、
「……いや、動物に激励されても。」\何者だよほんと/
相変わらずのシュールさに、なんともいえない気分になった。
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ここでも、動物たちを使ってギャグっぽく肩すかしをしています。
上記引用文の理科標本の「∽∵\―∧」の記号は、縦書きにすると手をあげているように見えます。

こんな感じで、理科標本の記号は、いろいろいじって遊ぶことができます。
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「ひょっとして……」
上体をねじり、心当たりへ向けてスニーカーを大きく踏みだした。
∽∵∧―∧
宙に浮いたスニーカーの爪先が、『上野恩賜公園』と刻まれた石碑の近くに着地した。
秋葉原から上野公園の入口まで、走って十分もしなかった。
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ここでは
ステープリング・テクニクスの「
動作跨ぎ法」を使っています。
文字どおり、踏みだしたスニーカーの足で場面を「またいで」います。
ここはペンネを探す場面で、場面転換に連続性とスピード感が要求されるので、この手法が有効に機能します。
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「ペンネちゃん……」
下から小さく呼びかけてみるが、蝉の声がうるさく、声が届かない。
相変わらず歌いつづける彼女。
しかしチロはふと気になった。
「……歌?」
そこで耳をすましてみると、
「みーんみんみんみんー。みーんみんみんー。」
ペンネは歌ってなどいなかった。
「蝉かよっ!?」
「え? ……ふぁっ!?」
こちらに気づいたペンネが、あわてたように肢をばたつかせた。
はいていたエンジニアブーツの片方が脱げた。
自由の身となったブーツはとんぼ返りを打って別れを告げると、爪先を頭にしてトンビのようにチロめがけてつっこんでいく。
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ここでも、シリアスになりきらないよう、ペンネに蝉のまねをさせることで肩すかしをするようにしています。
エンジニアブーツが脱げて落っこちるのは、第1回の冒頭にあったシーンを再現したものです。
出逢いのきっかけのシーンを再現することで、「二人の新しい関係がまたここからはじまる」ということを示しています。
第11回の解説は以上です。