アキハバラ∧デンパトウ・第9回解説

アキハバラ∧デンパトウ (GA文庫)
藍上 陸
れい亜 (イラスト)
SBクリエイティブ


第8回の解説はこちら。

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  金田ジャンプ! 
 宇宙。
 あらゆる天体をつつみこむ、一四〇億光年の漆黒。
 太陽に引かれて巡る、奇跡の星、地球。
 宏大な海に囲まれた、極東の国、日本。
 その首都に、全高六五〇メートルにおよぶ巨大な建物がある。
《新東京多目的電波塔》――通称、アキハバラ電波塔。
 その最上階のマンション、一〇三号室。
 小さなベッドの上に、摩訶不思議なものが転がっている。
 赤い靴下だ。しかし靴下にしては大きい。子供用の寝袋になっている。
 そこへ入っているのは、トナカイである。
 トナカイの着ぐるみである。
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今回はいきなり、宇宙の描写から入ります。
前回のラストがわりと唐突に終わったので、いったん流れを変えたかったのです。
宇宙→地球→日本→電波塔→一〇三号室→靴下型の寝袋……ときて、最終的にトナカイの着ぐるみ姿のヌグの姿へと収斂します。
映画でいえば、宇宙を映したカットから、どんどん電波塔にズームしていく感じでしょうか。
最終的に、しょぼいものを持ってくると、落差ができてオチがつきます。
こういう手法は、壮大なスケールでやるとうさんくさくなってギャグっぽくなりますが、さりげないスケールでやると、お洒落な感じがでるので便利です。
物語のメリハリをつける上では有効です。

また、ここでは視点がヌグになります。
これまでは、冒頭のペンネの視点を例外として、基本的に視点は主人公のチロ(高橋)でした。
ここでいきなりヌグに視点が変わるので、「前置き」のようなものがないと読者の方が混乱するかもと思ったのです。
いったん宇宙まで視点を引けば、これまでとは視点が変わったということがわかっていただけるかなと。


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 ズガァアン!
 一四〇億光年のかなたから、神の啓示がヌグにふりそそいだ――ような気がした。
「はっ!」
 抱き枕から顔を離し、アシカのように上体を起こす。
「……できる気が、するです。」
 かすかに身ぶるいしながら、なにもない空間をキッと見つめ、
「いまなら、金田ジャンプができる気がするです!」
 バァアアン!
 という銅鑼の音響効果(サウンドエフェクト)が轟いた――ような気がした。
 ぐわっとベッドから立ちあがり、膝に力をためた。
「――説明しよう! です! 金田ジャンプとはなにか!?」
 ギラリ! と、ヌグの瞳から十字の光が解き放たれる。
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このあとの金田ジャンプへとつながる流れ。
「ズガァアン!」などという擬音を地の文でやると非常に恥ずかしいのですが、ここはそういうギャグの流れなのでよしとしました。
昔の劇画マンガやシリアスアニメでよく見られた、「過剰な真剣味」をここではパロディ化しています。なので、思いっきり派手にチープにやるのが正解かなと。
「ギラリ! と、ヌグの瞳から十字の光が解き放たれる。」というのも、まさに金田伊功作画ではおなじみのものです。

以下の引用画像は、今川泰宏監督による「ミスター味っ子」44話から。(絵コンテ=うえだひでひと/演出=西村明樹彦)

味っ子44話・十字の光


味吉陽一の作った焼き魚を、味皇が食べたときのリアクション。
この回はほかにも、金田ポーズ、金田パース、金田エフェクトなど、天才アニメーター金田伊功の特徴が多くでています。
金田作画を知る上で、よい教科書になる気がします。

さて、このあとヌグが金田ジャンプをしようとするのですが、どうして急にこんなことをしようとしたのか、説明はされていません。
寝起きの妙なテンションで、とくに意味もなくへんなことをやりだす、というのがおもしろいのかなと。
ペンネの「腹話術」もそうですが、この作品ではそういうナンセンスなシーンを意識的にやっています。


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(やっぱりペンネちゃんに注目が集まるのはかわいそうだ)(もっとほかの人が……)(つるしあげられてもいいような人とか……)(たとえば)
「あのニート、なにかやらかさないかなぁ……」
             ∽∵∧―∧
「ぶぇっくしょん!」
 ゲーセンで格ゲーをしている企業戦士が、画面に唾をまき散らした。
 いきおいで外れかけた眼鏡を手ばやく直し、ゲームをつづける。
「……ふふっ、こうしてゴキゲンにハイスコアを稼いでいるこの私を、だれかがやっかんでいるようだね。さてはせやねん君か。しかたない、帰ったらさっきゲットしたこのかわいい人形をあげようか……ふぇ、ふあ、ふぁ、っ、」
             ∽∵∧―∧
「ふぇくちっ。」
 大学で講義を受けていたせやねんが、口に手をあててくしゃみした。
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理科標本の記号である「∽∵∧―∧」を挟んで、ザッピングのように視点がころころと変わります。
こういう表現は、マンガや映像などの視覚媒体と比べて、小説では少しやりづらいです。
よくいわれるように、場面転換や視点変更が多いと文が読みづらくなり、感情移入もしづらくなるという弱点があります。
そのため昔から小説では視点が主人公に固定されていることが多いのですが、個人的には、もう少しほかのメディアのように視点を広くとれないかと考えています。
ここでは、くしゃみの動作をバトンタッチすることで「動作跨ぎ法」をおこなっています。
ザッピングのように視点を変えるときは、いかによけいな情報を挟まずに、「視点が変わった」ということを読者に伝えるかが重要だと思います。
「だれに視点が変わったか」という情報よりもさきに、まず「視点が変わりましたよ」ということだけでもさきに伝えたほうが親切です。
「だれの視点か&どんな場所に変わったか」という情報を詳細に伝えようとするあまり、「視点が変わった」という事実を伝えるのが遅くなると、読者が混乱する元となります。ひとまず視点が変わったという事実だけでもはやく伝えるべきです。


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 ヌグがスタンガンのスイッチを入れた。
 青白い炎のような火花を散らせながら、
「ナボコフ先生が眠っている場所に行きたいですか?」
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ナボコフといえば「ロリータ」が有名ですが、「青白い炎」という作品もあります。
それに絡めた、わかる人にしかわからない小ネタでした。
第9回の解説は以上です。

第10回の解説はこちら。