なんだ、これは!(岡本太郎ふうに)
アニメ「
僕だけがいない街」の2話がすんごかった!
原作のマンガが好きでずっと読んでいたのですが、正直なところアニメでおもしろく表現できるのだろうかと心配していました。
……が、まったくの杞憂でした。
1話もテンポがよくっておもしろかったのですが(まさか1話で原作の1巻ぶんをやるとは思わなかった)――2話も演出がすばらしかったです。
絵コンテ・演出は石井俊匡さん。
おそらくまだキャリアの浅い方だと思うのですが、すばらしかったです。
僕は映像のド素人ですが、例のごとく、どこがすばらしかったかを(無謀にも)書いてみたいと思います。
まずおどろいたのが、主人公の悟が小学生のときにタイムリープ(リバイバル)したあとに、画面アスペクト比が変わったことです。
大人の時間軸のときは通常の16:9のアスペクト比なのですが↓

小学生の時代にもどったあとは、シネスコサイズとなっています↓

映画で使われるアスペクト比で、上下を黒くすることで横の比率を高めています。
これにより、一目で過去にもどっていることが視聴者に伝わるわけですが……これ、
作画するのがたいへんらしいんですよね。
とくにレイアウトがぜんぜん変わってくるそうです。
しかし、話の冒頭から、ちゃんとこのワイド画面のメリットを活かした演出をおこなっております。
先生が教室に入ってきて、教壇にのぼるシーンです。
最初見たとき、びっくりしました。




フレームインしてくる先生をカメラがフォローしていくのですが……うーん……静止画じゃ、すごさがぜんぜん伝わらないですね。
実際に映像で見てみると、「おおっ!?」と声をあげたくなるようなリッチさがあります。
16:9や4:3のようなアスペクト比でも同じようなことはできるでしょうが、横幅が足りないため、カメラのフォローを早くしなければならず、せわしない映像になってしまうでしょう。
悠然とした先生の動きと、空きスペースのゆとりによってもたらされるリッチさは、シネスコならではかと思います。
「ハッタリでアスペクト比を変えたわけじゃねーぞ! ちゃんとこれに見合った演出すっからな!」という作り手の声がきこえてきそうですね(^^)
冒頭からこういう映像を入れてくるあたり、作り手の気合いがうかがえます。
このすぐあとのカットもそうです。

絵を描く人だったらきっと、見るのが怖くなるような難しいレイアウトでございます。
僕、絵を描けなくてよかった! 素直に「しゅごい!」といって見てられるもの!
この画面の威力も、まさにシネスコならではですね。
広角レンズ的に、思いきり広く教室のなかを映しています。
へたすると散漫な印象になってしまうところを、「黒板の前の先生・右奥の悟・手前にあるストーブ」という三つの要素を三角形に配置して、奥行き感と収まりの良さを演出しています。
また、ストーブから上へのびる「煙突」により、悟とそれ以外の生徒のあいだに「仕切り」を作っています。
これにより、ちがう時代からやってきた悟が疎外されている感じをだしているわけですね。
ワイド画面はたんに左右に広く使えるだけでなく、対角線に物を配置して、奥行き感をだすこともできます。
上記引用画像もそうですが、以下のもそうです。






最初の一枚目・二枚目で、悟が加代のふとももにある痣を発見します。
三枚目で場面転換するのですが、最初に画面手前を左から右へ、紫色の服を着た生徒が駈け抜けます。
なぜこの横移動の動きを入れたかというと、一種のワイプのような効果を狙ってのものでしょう。
このブログでもたびたびとりあげた、デレマスでもよく使われておりました。(
これとか)
この「僕街」ではいまのところワイプは使われておりませんので、雰囲気を変えたいときなどに、こういうテクニックを使う必要がでてくるわけです。
いったん「流れ」を止めて、そのあとに新しい「流れ」をはじめる必要があるわけですね。
このようにワイプ的な表現をしたあと、画面奥に主人公たちのグループがいることが示されます。(五枚目)
左手前にいる生徒たちとの対比で、奥行き感がうまくでています。
ここでいったん「主人公を奥へと突き放す」ことによって、「流れ」をリセットしているわけですね。
そして、最後の六枚目のように、グループのみんなが綺麗に収まっているカットになります。
たんに物語を伝えるだけなら、最初の一枚目・二枚目(加代の痣)のあとに、いきなり六枚目にカットを切り替える手もあったと思います。
しかしそれだと物語がトントンと進みすぎてしまい、メリハリがなくなってしまいます。
やはり、前記のようなテクニックを使って、一度「流れ」を変える必要があったわけですね。
演出の妙です。
ほかにも、トリッキーに場面を切り替えるやりかたもおもしろかったです。






「放課後に会えるよう、オレが段取りしちゃる!」と友人のカズが悟の肩を叩き、悟がフレームアウトします。
足を踏みだしたときにはもう、外の河原に立っていて、加代と向き合っています。
こういうの僕、大好きなんですよね~。
メリハリをつけることができるし、意外性がでるんですよね。
いま書いてる「アキハバラ∧デンパトウ」でもよく使ってます。
また、凝った構図のカットも目立ちました。

床に穴をほって、カメラ埋めてますね。
この構図のままちょっと演技がつづきます。
カット割りのメリハリをつけることが目的でしょうが、極端なアオリのアングルにするこで、主人公の困った感じをだそうとしているのかもしれません。
ほかにも、象徴的なカットとして、こんなのがあります。

このカットに入る直前、右側の賢也が、「なんでも相談してくれないか。きっとみんなも、悟に協力したいと思ってる」という台詞をいっています。
悟は「うん……ありがとう」と返事をしますが、上記カットを見ると、まだ賢也に心をひらいてないことがわかります。
向き合う二人のあいだに、まるで「仕切り」を作るかのように柵が見えます。
二人の心の距離感を映像で示しているわけですね。
こういう演出はこのあともでてきます↓

公園に一人でいる加代に、悟が会いに行くシーン。
二人のあいだに大きな木が立ちはだかり、一目で心が通じ合っていないことが示されています。
そこを、悟が足を踏みだすことにより、乗り越えます↓




悟が加代を救うことを決意する、象徴的なシーンですね。
こんな感じで、非常に見応えのある映像となっていました。
絵コンテ・演出の石井俊匡さんは監督助手も務められているとのことで、きっと監督からの信頼も篤いのでしょう。
今回の演出を見ると、納得がいきます。
僕の好みにドストライクなので、ぜひまた石井さんの絵コンテ・演出を見たいですね。
石井俊匡さんは、「
四月は君の嘘」の18話の絵コンテ・演出もされています。
その感想も、
つぎのエントリでしてみたいと思います。